厚生年金保険料の猶予制度

1 はじめに

新型コロナウイルス感染症の影響により、税、社会保険、公共料金等において、支払の一部免除や、支払猶予の制度が設けられています。
本稿では、厚生年金保険料の支払い猶予制度を取り上げ、整理したいと思います。

 参考:日本年金機構
「厚生年金保険料等の納付猶予の特例について」
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2020/20200501.files/01.pdf
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/2020/202003/20200304.html

2 猶予制度の概要

(1) 厚生年金保険料の支払猶予制度としては、従前より、分割納付を可能とする「納付の猶予」と「換価の猶予」がありました。これらの制度は、今回の新型コロナウイルスの影響により保険料の支払いが一時的に困難になった場合においてもこの制度を利用することができます。

(2) そして、令和2年4月30日に、新型コロナウイルス感染症の影響により事業等に係る収入に相当の減少があった事業主の方について、申請により、厚生年金保険料等の納付を1年間猶予することができる特例制度が施行されました。

この特例制度は、従来から存在する制度とは異なり、分割納付ではなく、納付の猶予が認められる制度となります。ですので、まずは納付の猶予の特例制度の申請をしていただき、申請が認められなかった場合にはじめて、従前からの制度である「納付の猶予」や「換価の猶予」の利用を検討することになります。

(なお、4月30日までは、「当面の取り扱い」として、従前から存在する制度である、「納付の猶予」や「換価の猶予」の申請をしたうえで、同制度のもと、原則として、猶予期間を1年間とし、担保は不要とする取り扱いがなされてきました。)

3 新型コロナウイルスの影響による納付の猶予(特例)について

(1) 概要

新型コロナウイルス感染症の影響により、事業等に係る収入に相当の減少があった事業主の方について、申請により、厚生年金保険料等の納付を1年間猶予することができる制度です。また、同特例制度によって、担保の提供は不要となり、延滞金もかかりません。

(2) 要件

  1. 令和2年2月1日以後に適用事業所の事業につき相当な収入の減少があったことその他これに類する事実があること
  • 「事業につき相当な収入の減少があったこと」とは、「令和2年2月以降の任意の期間(1か月以上)、事業等に係る収入が、前年同期に比べて概ね20%以上減少している場合」を言います。
  • ここでの「概ね20%以上」とは、収入減少が20%以下であれば、一切申請が認められないという趣旨ではなく、「個々の適用事業所の状況を十分に聴取し、今後更に減少率が悪化することが見込まれるなどにより概ね20%以上減少していると認められるかどうかをみて、猶予を適用することが相当であるかを判断する」とされています。
  1. その相当な収入の減少等が、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響によるものであること
  • 新型コロナウイルス感染症の影響によるイベント開催又は外出等の自粛要請、入国制限、その他の理由で収入が減少していることが要件となります。なお、「海外からの材料の輸入停止」のような直接的な影響によるもののほか、間接的な影響によるものも広く含まれます。
  1. 一時に納付することが困難であると認められる保険料等があること
  • 「一時に納付が困難」とは、(1) 納付すべき保険料等を一時に納付する資金がないこと、又は (2) 納付すべき保険料等を事業の継続のために必要な少なくとも今後6か月間の運転資金に充てた場合に保険料等を納付する資金がないことをいいます。
  1. 指定期限内に申請がされたこと(やむを得ない理由がある場合を除く)
  • 「指定期限」は毎月の納期限から「おおよそ」25日後になります。月々の「指定期限」については、納期限までに保険料等の納付がない場合に送付される「督促状」に記載されています。

(例)令和2年7月分の保険料等
納 期 限・・・8月31日(翌月末日 ※休日等の場合は翌営業日)
督 促 状・・・9月15日頃発送(「指定期限」が明記)
指定期限・・・9月25日頃(納期限からおおよそ25日後)

(3) 猶予の内容・猶予期間

納付の猶予(特例)を受けることができる期間は、猶予を受ける保険料等ごとに納期限の翌日から1年間となり、延滞金もかかりません。また、納付の猶予や換価の猶予とは異なり、担保の提供は不要です。

(4) 申請方法

  1. 「納付の猶予(特例)申請書」の作成・提出

緊急時ですから、まずもって申請書を提出することが肝要です。年金機構が発表した「猶予(特例)の手引き」(以下「手引き」といいます。)においても、「根拠となる書類を確認させていただく場合等がありますが、書類の準備が難しい場合は、職員が聞き取りによりお伺いしますので、まずは、『納付の猶予(特例)申請書』のみを管轄の年金事務所に提出いただいて差し支えありません。」とあります。指定期限内に申請することが要件となっておりますので、まずは申請書の提出!を最優先にお願いします。

  1. 根拠資料の準備

次に、根拠資料の確認を求められる可能性がありますから、根拠資料の準備を行います。手引きにおいて挙げられている資料は以下のとおりです。

  • コロナウイルス感染症等の影響による事業収入の減少等について
    (例)売上帳、現金出納帳、預金通帳の写しなど
  • 収入及び支出の状況等について
    (例)売上帳、現金出納帳、預金通帳の写しなど
  • 現金・預貯金残高について
    (例)預金通帳の写し、固定資産台帳、不動産登記簿謄本など

上記の資料のうち、資金繰り表については、当事務所のブログ記事(以下のとおり)もご参照ください。

また、国税、地方税、労働保険料等について、納付猶予の特例が許可されている場合は、既に許可を受けている国税・地方税・労働保険料等に係る猶予申請書及び猶予許可通知書のコピーを添付いただくことにより、「納付の猶予(特例)申請書」の「3 猶予額の計算」の記載を省略できます。これらのコピーがあれば、一部申請書の記入の手間が省けますので、ご確認ください。

4 おわりに

最も避けなければならないのは、猶予の制度を知らないまま、納期限を徒過してしまうことです。まずは、このような猶予の制度が存在することを知っていただき、必要に応じて年金事務所に申請の手続等をしていただきたいと思います。

まず使うべきは納付の猶予の特例制度です。とはいえ、特例制度の申請がすぐに認められるかどうか定かではありませんし、収入の減少が20%に満たない場合であっても、特例制度の適用が認められる可能性はあります。特例制度の申請手続は郵送でも可能ではありますが、年金事務所に直接連絡・相談することが必要な場面もあるかと思います。そのような場合には、一刻を争う状態であるという切迫感を担当者に伝えることが必要ではないかと思います。

(弁護士 中馬康貴)